価値のわからなさ

自分のことを掘り下げられない理由について
ずっと考えてた。

先生のセッションに対する奥さんの侮辱に怒れなかったこと。
その手前に、先生からの教えについての価値の分からなさがあった。

背景を辿ってみると子供の頃に行き着いた。

小さい頃から欲しいものはほとんど手に入った。

ファミコンのカセットは家に100個以上あったし、
低学年の時、1万円ぐらいの靴をせがんで買ってもらった事もあった、
衣食住には何不自由なくそだった。

とくにファミコンのカセットは、本当によく買ってもらってた。
そのくせに、一つのカセットをやり込まず、すこしでも難しいゲームがあると
攻略を諦めて他のカセットをせがんでた。

母親は、こういう状況を好ましく思わなくて、
じいちゃんに買うのを辞めてほしいと言っていた。

じいちゃんは、これからはパソコンの時代がくるから
こういう機械ものになれた方がいいし、発想を豊かにさせてたいって思いで
カセットを買い与えてくれた。
(あとから母親に聞いた話)

食事も食べたいだけ食べさせてもらった。
小学1年の時には、30キロあった。以来ずっと高校生になるまで太り続けた。
90キロちかくまで太った。

話しは戻るけど、
カセットを持っている小学生は、ある意味ヒーローだった。
いろんな友達が入れ替わり立ち替わり遊びに来た。

でも、カセットで繋がってた。
喧嘩もしなければ、口論もない。


じいちゃんの僕に対する想いを感じることもなかったし、
カセット1つに対する価値もわからないし、
それが就転職を繰り返す今の僕に繋がってる。
それも感謝なく、簡単に辞められる。

簡単に手に入れられるから、簡単に手放せる。
だから価値を深められない。分からない。

先生からいい話し聞けた。
明日からやってみよう。あれ、うまく行かない。
来月セッションがあるから、その時聞けばいいや。
その繰り返し、自動販売機化。

一つ一つの話しを大切に聞けない。深められない。
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