そもそもの話

  • Day:2011.04.20 03:50
  • Cat:日記
最近、原発について調べることが多く
その流れで、ジャーナリズムっていうものに興味がでてきました。

正確に言うと、ジャーナリズムというよりも、
ジャーナリストの「神保哲生」という方にすんごい興味が出てきました。

ビデオニュースドットコムという番組を持っている方なんですが、
脳天にドキューン!とくるような、動画がありました。

学生に対して、
報道とは?ジャーナリズムとは?を教えるスクールがあり、
その講義の中に出てきた言葉です。


メディアの抱えている問題について話しているくだりで、

「メディアが機能しないと、メディアそのものが理解できない。
例えると、政治メディアが機能しないと、政治そのものが理解できない。」

この言葉、すんごい深くて、広いなぁ。と実感したんですね。

「メディアそのもの」っていう意味が、単なる媒体っていう意味じゃなくて、
会社の体質から始まり、メディア(媒体)を作っている人は膨大な人数がいるけれど、
実際にメディアを動かしている人は、ほんの一握りで
例えば、スポンサーに配慮した、恣意的な記事だとか、シビアな問題を扱うときの会社の姿勢とか。

本来、メディアのあるべき姿が機能しないと、報道機関そのものが理解できなくなってしまう。
ってことだったんですね。

なるほど!すごい!
この考え方って生かせないかな!と。

で、実際、当てはめてみたんです。

「そもそも、僕が機能しないと、僕という人間そのものが理解できなくなってくる。」
ちょっと、プラスアルファすると
・人と関わることでしか成長できない
・現実社会を変える
・分裂人格がいる

つまるところ、
①分裂人格たちと、主人格の自分が積極的に、人と関わって、行動していかないと、
②そもそも、僕という人間がどうしたいのか?どう在りたいのか?が理解できなくなってしまう。

これ、面白いですよね。
①から②が導き出せるけど、②から①を導こうとすると、ちょっと飛躍があって、無理が出てくるんですよね。
書いてて、気付きました。

おっ、発見。
動きて~、早く予備校通いて~。

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